多くの企業は「イノベーションが停滞するのは新しいアイデアが不足しているからだ」と捉えがちだが、調査で明らかになったのは、“必要なアイデアはすでに社内に存在している”という事実である。真の問題はそれらを結びつけて価値に変換する仕組みが機能していないことにある。
本論文の核心は、「イノベーションとは「天才の閃き」ではなく、社内の知見を結びつける“市場(マーケットプレース)”を育てる営みである」という点にある。企業は“アイデアがない”のではなく、“届いていない”だけであり、その断絶を解消することが最も大きな成長ドライバーになる、という示唆に富んだ主張となっている。
1. 停滞の本質:アイデア不足ではなく、仕組みの機能不全
8年にわたる社内起業家150名超・戦略リーダー約100人への調査から明らかになったのは、
- 従業員は実際に有望な解決策を持っているにもかかわらず、
- 上層部の意思決定者にその情報が届かない構造的な断絶がある
という点だった。
これにより、企業は“アイデアがない”のではなく、“社内の知見が埋もれている”状態に陥っている。
2. 追加調査:CIO25名・VCリーダー35名へのインタビューから見えた現実
マイクロソフト、レゴ、コカ・コーラ、シスコ、WHO、赤十字など大規模組織を対象にした追加調査では、
- 課題を明確にすると、約70%の確率で社内に既存の解決策が見つかる
- しかし、従業員が共有したアイデアのうち、“正式に検討される”のは10%程度
という大きなギャップが確認された。
従業員250名調査でも、
- 年間75件のアイデアを生むが、共有するのは30%未満
- 70%が「企業文化が阻害要因」と回答
という結果だった。
つまり、社内の“アイデア供給そのもの”は十分であり、問題は「アイデア・マーケットプレース」と呼ばれる“ニーズと解決策を結びつけるエコシステム”の断絶にある。
3. 機能しないと企業が直面するリスク
アイデア・マーケットプレースが欠如すると、
- 競合企業の成功例を模倣するばかりになる
- 既存アイデアを“再発明”する無駄な開発費が発生する
- 成長速度が鈍り、財務パフォーマンスが悪化する
具体例として、従業員5,000名・売上10億ドルの企業では、
- 現状(30%共有・10%実行)だと大半の創造性が失われる
- もし共有率50%・実行率20%になれば、年間7,000万〜1億4,000万ドルの価値が生まれる可能性
つまり、アイデア共有・実行の改善は、年間数千万ドル規模の価値損失を防ぐ戦略的課題となる。
4. では何が障壁なのか?(プロセス・組織・文化)
論文では、CIOたちが語った障害が次の3つに整理されている:
(1)プロセスの問題
- アイデア収集が一過性のイベントに依存している
- 評価プロセスが不透明・複雑
- 部署間の情報連携が乏しい
(2)組織構造の問題
- サイロ化(部門ごとの孤立)
- 中間管理職がアイデアのボトルネックになりがち
- 現場に裁量がなく、意思決定が遠い
(3)文化の問題
- アイデアを共有しても評価されない
- 新しい挑戦より“現状維持”が優先される
- 失敗を許容する文化がない
これら3つが絡み合い、アイデア・マーケットプレースの機能を弱めている。
5. 解決策:社内の潜在能力を競争優位に変えるために
論文では、企業が取り組むべき具体策が提示されている。大きく3つの領域に整理される。
(A)プロセス面の処方箋
- 課題探索→アイデア共有→評価→実行までの流れを明確化
- 小規模実験(実証)を仕組み化
- “ニーズの可視化”を常態化し、従業員の自発的投稿を促す
(B)組織面の処方箋
- 部署横断のチームやコミュニティを育てる
- 中間管理職を「阻害者」から「促進者」に転換する役割教育
- アイデア推進に必要な時間・リソースの公式な付与
(C)文化面の処方箋
- アイデア共有を評価するインセンティブ
- 失敗に対する“学習”を称賛する文化づくり
- ボトムアップ型の心理的安全性の醸成
これらを組み合わせることで、埋もれた知見を引き出し、組織全体のイノベーションを加速させられると論文は結論付けている。
詳細は下記参照。定期購読登録が必要です。
“New Research Shows How an ‘Idea Marketplace’ Can Boost Innovation,” HBR.org, September 29, 2025.