AIによって仕事の内容が急速に変化する一方、リスキリング講座への参加は伸び悩んでいる。その理由は、仕事が単なる収入源ではなく、「自分は何者か」という職業上のアイデンティティと深く結びついているからである。キャリアチェンジを促すには、待遇や需要を示すだけでなく、新しい仕事で「どのような自分になれるか」を具体的にイメージできるようにする必要がある。
1. リスキリングを拒むのは「合理性不足」ではない
需要が高く、給与も高い職種であっても、人は必ずしも転職を選ばない。イタリアの調査では、
- ITや建設分野へのリスキリングを選ぶ人
- 現職に近いアップスキリングを選ぶ人
- 研修そのものを拒む人
に分かれた。重要なのは、経済条件だけでは行動を説明できないことである。
2. 仕事は「社会的役割」と結びついている
人は自分を単なる「スキルの集合」として捉えていない。仕事には、
- 社会的な地位
- 自己認識
- 周囲からどう見られるか
- 自分らしさ
が結びついている。そのため、条件が良くても「自分には合わない」と感じる職種への転換には強い抵抗が生じる。
3. 給与や需要の情報だけでも一定の効果はある
調査では、
- 給与水準
- 求人数
- 将来性
といった具体的な情報を提供すると、リスキリングへの意欲が上昇した。多くの求職者が、対象職種の給与や需要を実際より低く見積もっていたためである。したがって、雇用主や政策担当者は、転職後の経済的なメリットを明確かつ信頼性の高い形で示す必要がある。
4. それでも「アイデンティティの壁」は残る
情報提供だけでは、職業上の自己認識とのミスマッチまでは解消できない。
例えば、
- その仕事は自分らしくない
- ステータスが低く見える
- 周囲からどう見られるか不安
- その業界で働く自分を想像できない
と感じれば、転職には踏み切りにくい。リスキリング施策では、この心理的な障壁を正面から扱う必要がある。
5. 「新しい自分」をイメージできるようにする
キャリアチェンジを促すには、
- 実際に転職した人の事例
- 具体的な仕事内容
- 将来のキャリアパス
- 新しい役割で得られる社会的価値
を示すことが有効である。重要なのは、「何を学べるか」だけでなく、
「その仕事をすることで、自分はどのような人になれるのか」
を描けるようにすることである。
6. 研修と実際の求人を結びつける
リスキリング講座が就職に直結しているほど、参加への心理的ハードルは下がる。そのため、
- 研修提供者
- 企業
- 公共職業紹介機関
が連携し、
「研修を受ければ、どの仕事につながるのか」
を明確にする必要がある。学習だけで終わる研修ではなく、具体的な雇用への入口として設計することが重要である。
7. 企業のリスキリング施策も設計を変える必要がある
企業が社員に学び直しを求める場合も同じである。
単に、
- 講座を用意する
- 受講を推奨する
- スキル不足を指摘する
だけでは十分ではない。必要なのは、
- 新しい役割の価値を示す
- 本人の強みとの接点を示す
- キャリアの見通しを明確にする
- 新しい自分を想像できるよう支援する
ことである。
結論
リスキリングの最大の障壁は、学習機会の不足だけではない。人は、仕事を変える時に、
- スキル
- 給与
- 将来性
だけでなく、
「自分は何者になるのか」
を判断している。したがって、企業や政策担当者に必要なのは、研修を増やすことだけではない。
新しい仕事の意味、将来像、自己認識とのつながりまで設計し、キャリアチェンジを「スキルの移行」ではなく「アイデンティティの移行」として支援することである。
詳細は下記参照。定期購読登録が必要です。
“Want Workers to Reskill? Show Them Who They Can Become.,” HBR.org, July 06, 2026.