HBR Article:テクノロジー「生成AIは、すべてのSaaSの価値を低下させるわけではない」

 生成AIによって、従来SaaSから購入していた機能を自社で構築できる領域が広がっている。ただし、すべてのSaaSが一律に代替されるわけではない。重要なのは、ソフトウェアが扱うタスクが「決定論的か予測的か」、そして利用するコンテキストが「社内データかプール型データか」を見極めることである。特に、複数顧客から蓄積した専有データを用いて高度な予測や判断を行うSaaSは、AI時代でも高い価値を維持しやすい。

1. AIで代替されやすいSaaS

最も代替リスクが高いのは、社内データを使って既知の情報を検索・整理・処理する決定論的なSaaSである。

例えば、

  • スケジュール管理
  • 業務記録
  • 請求内容の確認
  • 定型的な業務振り分け

などである。こうした機能は、AIコーディングツールやエージェントによって比較的容易に内製できるようになっている。そのため、ツールの統合、契約見直し、一部内製化を検討する余地が大きい。

2. 予測型でも社内データだけでは防御力が弱い

予測や推奨を行うSaaSでも、主に単一企業のデータや公開情報だけを使っている場合、競争優位は弱まりやすい。

基盤モデルの性能向上によって、

  • 法務支援
  • 分析
  • 文書生成
  • 一部の意思決定支援

などは、汎用AIでも一定水準まで実現できるからである。この領域では、既存SaaSを継続するか、内製するかをコストと維持負担で判断する必要がある。

3. プール型データがSaaSの防御力になる

一方、複数の顧客や取引、現場から蓄積したデータを持つSaaSは、内製しにくい。

特に価値が高いのは、

  • 発生頻度の低いケース
  • 異常事象
  • 複雑な組み合わせ
  • エッジケース
  • 熟練者の経験が必要な判断

に関する知識である。単一企業では十分な件数を蓄積できないため、外部ベンダーが持つプール型コンテキストそのものが競争優位になる。

4. 最も価値が高いのは「予測的×プール型」

4象限の中で最も防御力が高いのは、プールされた専有データを使って予測や判断を行うSaaSである。

このタイプは、

  • 何が起きているかを表示するだけでなく
  • 次に何が起きるか
  • 原因は何か
  • どの対応が最も適切か

まで支援する。つまり、単なる記録システムではなく「オペレーショナルインテリジェンス」を提供する。この領域では、契約費用だけでなく、その機能を失った場合のリスクや代替コストまで考慮する必要がある。

5. SaaSの価値は「データの希少性」で判断する

ベンダーを評価する際に重要なのは、AI機能の見栄えではない。

問うべきは、

  • そのデータは他社でも入手できるか
  • 自社だけで再現できるか
  • 十分なエッジケースを含んでいるか
  • 実務で検証された知識か
  • 誤判断の損失を減らせるか

である。AIモデル自体がコモディティ化しても、希少なデータやコンテキストは簡単には再現できない。

6. ベンダー評価では「難しいケース」を試す

通常のデモでは、ベンダーが得意とする典型的なユースケースが提示されるため、真の実力を見極めにくい。

評価すべきなのは、

  • 熟練者の判断が必要だったケース
  • 過去に時間がかかった問題
  • 発生頻度の低い例外ケース
  • 情報が不完全なケース

である。こうしたエッジケースで高い精度を示せるなら、そのSaaSは単なるツールではなく、実践的な専門知識を提供していると判断できる。

7. 内製化はベンダー評価の基準にもなる

すべてを内製する必要はないが、小規模な社内開発は有効な比較基準になる。

自社データだけでどこまで実現できるかを把握すれば、

  • ベンダー独自の価値は何か
  • プール型データの効果はどれほどか
  • 契約価格に見合うか

を判断しやすくなる。内製と外注を二者択一で捉えるのではなく、内製能力をベンダー評価のベンチマークとして活用する考え方が重要である。

結論

AIによって価値が下がるのは、すべてのSaaSではない。代替されやすいのは、社内データを整理し、既知のルールに従って処理するだけの差別化の弱いソフトウェアである。一方で、複数顧客から蓄積した希少なデータを活用し、低頻度かつ高難度の問題に対して高度な予測や判断を提供するSaaSは、むしろ価値が高まる可能性がある。AI時代のSaaS評価では、機能数や契約価格ではなく、「そのコンテキストと判断能力を自社で再現できるか」を基準にする必要がある。

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