不確実性や失敗が続くと、人は「努力しても状況は変わらない」という無力感に陥りやすい。
高主体性志向のリーダーは、注意の向け先、将来への予測、行動可能な領域を変え、努力が成果につながるという信念を育てる。そのためには、達成可能な挑戦、失敗の捉え直し、継続的改善の仕組みを通じて、行動と成果の関係を可視化する必要がある。
結論として、主体性は個人の資質ではなく、リーダーが信念と組織の仕組みを設計することで育成できる能力である。
1.無力感は組織の信念から生まれる
業績不振、組織再編、リストラ、新製品の失敗などが続くと、従業員は自分の行動が結果を変えられないと感じるようになる。この状態では、次のような行動が広がる。
- 問題を発見しても報告しない
- 失敗を恐れて新しい行動を避ける
- 指示された範囲だけを処理する
- 改善よりも責任回避を優先する
- 戦略が示されても行動につながらない
GEでは、問題が起きると責任者を探す「非難の文化」が形成されていた。ラリー・カルプは、業績回復には財務改革だけでなく、組織の信念を変える必要があると判断した。
2.主体性は学習できる能力である
人間は困難な状況に置かれると、初期反応として受動的になりやすい。努力によって結果を変えられるという感覚は、経験を通じて学習する必要がある。主体性を回復させるには、次の循環を生み出すことが重要である。
- 自分で行動を起こす
- 小さくても成果が生まれる
- 努力には意味があると認識する
- 次の行動への意欲が高まる
戦略説明や精神論だけでは、この循環は生まれない。行動が実際に成果へつながる経験を提供する必要がある。
3.高主体性リーダーシップの3つのメカニズム
① 注意の向け先を変える
人は、自分が予測し、探しているものに気づきやすい。問題を「誰かが失敗した証拠」と捉える組織では、従業員は責任追及を恐れて問題を隠す。一方、問題を「改善の機会」と位置づければ、従業員は積極的に問題を明らかにする。リーダーは、次のように認識を変える必要がある。
- 失敗の証拠ではなく、改善の材料として問題を見る
- 制約だけでなく、活用可能な機会にも注目する
- できない理由ではなく、前進した事実を共有する
- 犯人探しではなく、原因と解決策を議論する
② 将来への予測を形づくる
人は、変化についてどのような説明を受けるかによって、脅威にも機会にも感じる。たとえば、AI導入を次のように説明した場合、従業員の反応は異なる。
- 「AIが仕事のあり方を変える」:雇用や役割への脅威を予測する
- 「AIが負担の大きい仕事を処理する」:能力拡張の機会を予測する
事実を隠すのではなく、変化の意味と活用可能性を適切に示すことが重要である。
③ 影響可能な領域に努力を集中する
高い主体性とは、すべてをコントロールできると思い込むことではない。物事を次の3つに分ける必要がある。
- 自分でコントロールできること
- 自分が影響を及ぼせること
- 自分では変えられないこと
変えられない問題にエネルギーを消耗せず、行動によって結果を左右できる領域に集中することが、持続的な主体性につながる。
4.達成可能な挑戦を設計する
努力が成果につながるという感覚を育てるには、現在の能力より少し難しいが、努力すれば達成できる課題を設定する。
特に、失敗や混乱が続いたチームには、早期に目に見える成果を経験させることが有効である。
実践のポイント
- 課題の範囲を小さく区切る
- 短期間で成果を確認できるようにする
- 現場の実問題を対象にする
- 成果を具体的な数値や変化で示す
- 成功要因を振り返り、再現可能にする
GEでは、小規模なチームが現実の問題に取り組み、1週間以内に成果を出す「カイゼン」の活動が導入された。小さな成功を繰り返すことで、行動と成果の関係が明確になり、主体性が回復していく。
5.組織に組み込まれた信念を見直す
多くの組織には、明文化されていない固定観念が存在する。たとえば、次のような信念である。
- 自社では優秀な人材を採用できない
- この市場ではイノベーションは報われない
- 現場に意思決定を任せることはできない
- この組織は変化に向いていない
重要なのは、その信念が事実かどうかだけではない。その信念が、組織に必要な行動を生み出しているかである。
信念を見直す方法
- 組織や自分が前提としている考えを書き出す
- その信念がどのような行動を生んでいるか確認する
- 必要な行動を妨げている信念を特定する
- より有効な信念に置き換える
- 新しい信念を制度や組織構造に反映する
IBMは、自社を従来型のインフラサービス企業と見る考え方から、ハイブリッドクラウドとAIを中心とする企業へと自己認識を変えた。さらに事業分離を行い、新しい信念を組織構造に反映した。
6.失敗の説明を描き直す
失敗をどのように説明するかは、その後の行動を大きく左右する。
主体性を奪う説明
- 「私たちにはイノベーション能力がない」
- 「この組織は変われない」
- 「顧客は新しい製品を受け入れない」
これらは、問題を恒久的かつ組織全体のものとして捉えている。
主体性を高める説明
- 「今回の製品では投入時期を誤った」
- 「このプロセスの一部に問題があった」
- 「必要な顧客検証が不足していた」
これらは、問題を一時的かつ個別的なものとして捉えている。
ピクサーでは、映画の初期版は出来が悪くて当然だと共有されている。問題をチームの能力ではなく、改善途中の作品に帰属させることで、実験と率直なフィードバックを促している。
7.主体性を支える仕組みを構築する
主体性を一時的な意欲で終わらせないためには、日常業務の中に仕組みとして組み込む必要がある。
有効な仕組み
- 現場での定期的な問題発見
- 日常的な進捗管理
- 構造化された問題解決
- 改善活動への現場参加
- 小さな成果の可視化
- 継続的な振り返り
- 権限と責任の明確化
カルプは、リーン方式をGEの経営システムとして導入した。問題を発見し、現場で改善し、成果を確認する活動を反復することで、主体性を個人の意欲ではなく、組織の日常的な行動に変えた。仕組みが成果を生み、成果が信念を強化し、その信念が次の行動を促す。この循環が主体性を拡大させる。
8.リーダーが実践すべき行動
高主体性志向のリーダーは、次の行動を継続する必要がある。
- 問題を責任追及ではなく改善の機会として扱う
- 小さく達成可能な挑戦を用意する
- 行動と成果の関係を可視化する
- 変化を脅威だけでなく機会として説明する
- 失敗を一時的で個別的な問題として捉える
- 組織に存在する固定観念を言語化する
- 変えられる領域に資源を集中する
- 主体的な行動を支える制度とプロセスを整備する
主体性を高めるために必要なのは、従業員を鼓舞する強い言葉ではない。努力によって現実を変えられるという証拠を、日常の仕事の中で繰り返し生み出すことである。
9.組織の信念をアップデートする
組織は、何が可能で、何が脅威で、何を試す価値があるかという共有された信念の上で動いている。これは、組織の目に見えないオペレーティングシステムである。環境が変化しても古い信念を維持すれば、行動は過去の前提に縛られる。リーダーは定期的に、次の問いを投げかける必要がある。
現在の信念は、いま組織に必要な行動とリーダーシップを生み出しているか。
答えが否であれば、信念を変えるだけでなく、新しい信念に沿って評価制度、業務プロセス、組織構造を更新する必要がある。高主体性リーダーシップとは、楽観的に考えることではない。人々が自らの行動で結果を変えられる領域を明確にし、その可能性を実感できる経験と仕組みを構築することである。
詳細は下記参照。定期購読登録が必要です。
“How Leaders Can Build High-Agency Culture,” HBR.org, March 25, 2026.